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ムロツヨシ サブでも主役でもキラリ光る「喜劇役者」 [ムロツヨシ キラリ光る「喜劇役者」]

ムロツヨシ サブでも主役でも
キラリ光る「喜劇役者」

ムロツヨシ3.GIF
1976年生まれ、神奈川県出身。99年より舞台に立ち、
映画、ドラマでも活躍。2008年より作・演出も
手がけるプロデュース公演『muro式』を継続中。
著書『ムロ本、』(ワニブックス)が発売中
(写真:中村嘉昭)

映画、ドラマ、舞台に加え、
コント番組などでも大活躍の
ムロツヨシ。

CM契約も5社にのぼり、
勢いが止まらない。

主演の機会も増えた
人気スーパーサブ(名脇役)は、
どのように現在に至り、
今後どこへ向かうのか。

2017年は福田雄一監督の映画『銀魂』や
ドラマ『スーパーサラリーマン左江内氏』
で活躍。

大河ドラマ『おんな城主 直虎』でも
好演を見せた。

『LIFE~人生に捧げるコント~』
(NHK)などバラエティにも
引っ張りだこだ。

ムロが得意とするのはコメディ。
肩書きは「喜劇役者」を名乗る。

「そう名乗るようになったのは、
3年くらい前からだと思います。
みなさんに名前を知られるように
なってきたけど、踊らされたら
短命に終わる。

そんな危機感もあって、
『どんな役者になりたいのか』と
改めて自分に問うた時に、
出てきたのが『喜劇役者』でした。

19歳で役者の世界に飛び込んだ頃は、
喜劇をやりたいとか、
人を笑わせたいという気持ちは
なかったんです。

ゴールデンタイムでやってるような
ドラマや映画に出られる俳優に
なりたいと思っていましたし、
なれるとも思ってました。

根拠のない自信を持ってこの
世界に入り、根拠のない自信を
使い切るまでに、6年かかりました(笑)」

「自分に才能がないことを認めて、
人に頭を下げて舞台に立たせて
もらったら、お客さんが興味を
持って見てくれるようになって。

そしてある舞台で、1~2個だけ、
『俺が笑わせたぞ!』という
ところがあったんです。

『ああ、これが根拠のある自信か』と
思って次の日の舞台に立ったら、
今度はそこがウケない。

人前に立つことの怖さとやりがいを
感じました。

同時に、笑いって大きいなと思いましたね。

人を笑わせられたら僕はとても
楽しいと思うし、もしそれができるなら、
僕は人前に立ってもいいのかなと
思うようになりました」

映像デビューは29歳。

映画『サマータイムマシン・ブルース』
(05年)の主要キャストに起用され、
瑛太や上野樹里と共演した。

監督は『踊る大捜査線』の本広克行。

「本広監督はもともと舞台を何度か
見てくださっていて、8本出た時も、
3~4本は見てくださっていて。
僕が変わった瞬間を見抜いて
くれたのかもしれません。

アルバイトをしながら小劇場の舞台に
立ち続けるも芽が出ない日々が6年。

「経験を積んで根拠のある自信を作ろう」
と1年に8本もの舞台に出たのが26歳の時だ。

あとは、売り込みがすごかったみたいです、
僕の(笑)。

それまで『できれば使ってください』
だったのが、26歳からは
『使ってください!』と言うように。

この映画をきっかけに、瑛太とお酒を
飲むようになりました。

そこから新井浩文や松田龍平とつながって、
年の差はありましたが友人となり。

その後、小泉孝太郎と知り合って、
小泉家にお邪魔したりもしました。

孝太郎は
『ムロさんが人に知られるためだったら、
小泉家の話を売って構わない』と
言ってくれたんですよ。

何年か後、その通りにテレビで
純一郎さんの話をさせてもらったら、
『小泉家と仲のいい俳優』と
メディアに取り上げて
いただいたりもしました。

小栗(旬)とも瑛太のつながりで
知り合ったんです。

2人には、人気者になった苦悩も
そばで見させてもらいました。

その頃、僕はお金がなくて。

年下の彼らのお金でお酒を飲んだ
帰り道は、なかなか辛いものが
ありましたね。

でもその経験があったから、
『俺も早く仕事が欲しい』
『稼げるようになって、
彼らに酒をおごりたい』と
野心を持ち続けられた気がします」

不遇の時代の突破口となったのは、
福田雄一監督との出会いだ。

08年のドラマ『33分探偵』で
ムロは福田監督に認められ、意気投合。

当時「僕のやりたいものはこれです、
という名刺代わりに始めた」という
プロデュース公演「muro式」に
福田監督が脚本を提供したり、
福田の映画監督デビュー作
『大洗にも星はふるなり』
(09年)にムロが出演するなど、
「戦友」(ムロ)と呼ぶ関係に
発展する。

もう1人、福田作品を盛り上げてきた
戦友が俳優の佐藤二朗だ。

■「戦友」と主演の代表作を

「『大洗~』や『プロゴルファー花』
(10年)の頃、僕は二朗さんと
ニコイチ(2人1組)の役をやることが
多かったんです。

でも、二朗さんの芝居に対して、
僕は手も貸せず、ただリアクション
してるだけ。

何もできないという歯がゆさがあり、
『いつか二朗さんのライバルになりたい』
と思っていました。

二朗さんが『見方が変わった』と言って
くれたのが、『勇者ヨシヒコと魔王の城』
(11年)です。

役者の世界には『台本を斜めに読む』と
いう言葉がありますが、人と違う発想で
台本を読み、福田脚本の中で自分が
やりたいことが見えたのが
『ヨシヒコ』なんです。

『認めざるを得ないな。今回は』と
二朗さんに言われてうれしかった」

14年に福田雄一脚本・演出の
『新解釈・日本史』で
民放連ドラ初主演を果たして以降、
年1~2本ペースで主演もこなす。

なぜムロは、サブ(脇役)を超え、
「スーパーサブ」となりえたのか。

「主役を邪魔せず、作品の縁の下の
力持ちになる。
そんなバイプレイヤーって、
カッコいいなと思うんです。
でも、本心はですよ。

本心の本心では、邪魔してもいいと
思ってるんです!(笑)。

この台本で、この役をやる。

その時に、脇役だろうが
何番手だろうが関係ない。

『この役でこれがやりたい!』と
いうものをやるべきだと思うし、
『僕は脇だから……』とか考える方が、
偉そうだと思う時がある。

だから僕は、自分のことをサブだと
思ってません。

レギュラーとか、スタメンだと思ってる(笑)。

二朗さんと出会ってそういう考え方に
なったので、主役をやらせていただく
ようになっても、基本的な向き合い方は
変わらないです。

今後は、ぜひ主演の代表作を作りたいですね。

それはやっぱり、コメディがいい。

しかもそれを、福田雄一と作りたい。

これは夢とか目標ではなく、
最低限の、絶対やるべきことだと
思っています」

(ライター 泊貴洋)

[日経エンタテインメント! 2017年9月号の記事を再構成]


最終更新:9/15(金) 7:47

NIKKEI STYLE9/15(金) 7:47配信

https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20170915-00000010-nikkeisty-ent&p=1
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20170915-00000010-nikkeisty-ent&p=2

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